ふいに私の中の時が止まった。
鈍い、頭痛にも似た痛みを覚え、またかとぎゅっと膝を抱え込む。いっそこのまま全てが止まって身体も脳細胞も固まってしまえばいい。(そして灰になって風に飛ばされてサヨナラ〜だ。)そうできれば楽になれる。
こんなはずじゃあ、つもりじゃという事がいくつ重なった事か。その度まだ大丈夫、まだすれ違ってはいないと、いつかは迎えなければならない極致だとしても必死に自分に言い聞かせ続け。
どうしてだろう。最初はあんなにまっすぐさが、眩しくて愛おしくて。そのキレイな、純粋と直情ゆえに傷ついてしまわないように、私がクッションになってあげるんだとさえ、思っていたのに。






・・・


「まっすぐすぎて痛いよ」
「それはわかる」

リーマスは私の隣で露台の手すりに寄り掛かると頷いた。淡い蜜のような髪が揺れて、ああ、彼は色々シリウスと反対だなと思う。私がシリウスと、反対なのと同じように。

「なんか、好きとかって何なんだろう。ねえ、知ってた?医学的に言わせりゃ恋とか愛って性欲で成り立ってるんだって」
「まあそれがないと世界続かないしね」
「…」
「でも、目に見えなくても存在するものは確かにあるんだし。心とかさ。愛だってちゃんと存在するよ」

なんとなくリーマスには否定して欲しくて、あまりに思惑通りにそう言ってくれたので、私は柵にもたれかかりながら下を見た。

「リーマスみたいな人好きになってりゃ良かったのに」
「それ、前、リリーにも似たような事言われた」

うそ、と言いたかった私の表情でわかったのだろう、前に一度2人が大喧嘩した時にねと付け加えるように言う。
ふいに、リーマスに対して失礼な事を言ったような気がしてゴメンと言いたくなったけれど、それは更に失礼な気がして口をつぐんだ。
こういう時「いい人」で終わってしまいがちな彼に唯一の人が現れるといいと思う。そしてその人はきっと、シリウスみたいな子なんだと思う、彼とは正反対な性格を持つ。少なくとも、私みたいな女ではないだろう。


















「リーマスと仲いいよな」

と言ってきたシリウスを、私は少しビックリして見た、のだ確か。その言葉の意味を先にわかってしまって、思わず嬉しくなって口元だけで笑ってしまった。それをいちいち不敵にねじまげて、にんまり挑発的な視線を送る。

「ひょっとして妬いてるの?」

こういう時感情的になるかあるいは素直に照れて喜ぶかすれば、もっと可愛らしく写るんだろうに。かけひきちっくにしようとする辺りどうかしてると思う。もしくは笑ってすぐ曖昧に繕ってしまうのだ。素直な気持ちを。やっぱりどうかしてる。

「そうだよ。妬いてるよ」

飾らないシリウスの視線にさらされて(こんな状況にも彼の端麗さを自覚する)ぐらりと来る。それ以上に胸が痛んだ。

「わかんねーよ、何でもないような顔で笑って。何でおまえ何も言わないわけ」

たぶん、この痛みの名は罪悪だ。

「そんなこと」
「あるだろ」
「…ごめん」
「ごめんとか言わせたいんじゃなくて」

シリウスはイライラを抑え込むようにため息をついた。

「ごめん、おれも言いすぎた」
(違うんだよ)

心の中でつぶやいて、またこんなはずじゃあ、とふさぎそうになる。確かに手の内を明かすのは不利なのかもしれない。でも何も言えないでいるうちに、それが私の周りに積もって固まり、だんだんと身動きがとれなくなる。


















そう例えば、リーマスの方がどんなに醜い事で彼の意に沿わない事でも、大きく受け止めてくれそうな気がする。そういう安心感がある。シリウスは、キレイでまっすぐで、だから彼の視野に収まらないものを容赦なく排除してしまう、感じが。
そこまで思考をめぐらせて強く後悔した。シリウスを悪く言いたい訳じゃないのに。
はうような心地で洗面台の前に立ち、鏡の中の瞳の色を覗き込む。自分が、ひどく汚い人間であるかのような感触。

ただ、そういうつもりはなくても、本当に些細な事でも抱え込んで秘密を作ってしまう、もうそういう性分なのだ。長いことそうするしかなく生きてきたのだ。だからわからないとか言わないで、このまんま受け止めて欲しいと思う、私は途方もなくわがままに思えた。

シリウスのまっすぐさが私に刺さって罪悪が疼き痛かった。
それでも、私にはない、その指を切りそうなキレイさに、結局は途方もなく憧れて求めてしまう。

(私はMじゃないっての)
冗談まじりにつぶやいてみても、慰めにもならなかったが。

ふと人の気配がして、私の思考は霧散した。声がしなくたって、鏡に写らなくたってわかる。その人物のため一瞬にして、答えにだって行き着かないまま、あるいは妥協点を見つける方法があるかもしれないのに。
それもこれも、ごく単純で明快な一つのせいだ。

「ねえ、シリウス」

私は浅い呼吸を繰り返すとちいっさい勇気を最大限にふりしぼってみせた。

「好きだよ」

私を抱き寄せたシリウスが小さく笑った気配がした。


止まっていた私の時間が動き出す。
少しずつ変動しながら、そしてまた、繰り返し。