薄日の明るさがうっすらと瞼の裏を射して、柚香は目覚めた。
野宿は慣れているが傷を負った体にはやはり辛い。
寝起きのぼんやりした意識のせいで、痛みがじくじく主張してくる感覚を幾ばくかぼうっと受け止めて。
たがはっと覚醒すると、
視線を走らせ、自分よりも深手だった志貴の姿を探す。


「起きたのか」
(…近っ)


声は存外近くから聞こえたので、驚いて身を起こすとひょっとして覗き込んでたんですか、っていうくらい間近に端正な志貴の顔が迫った。
何となく動揺する柚香とは裏腹に、志貴はまるで表情を崩さずむしろナチュラルなくらいに、何食わぬ雰囲気で身を離す。
一瞬生まれた沈黙に、どうにかこの間をフォローしなければと、何故か柚香の方が思って。視線をさまよわせてとりあえず言葉を探した。


「えっと…そういえば怪我は大丈夫なの?」
「ああ、もう完治した」
「本当に?」
「どうやら今井くんの治癒の石が効いたみたいだ」

ご覧、この通り。と言わんばかりに、志貴は腕を軽快にぐるぐる回したりしてみせたりする。
特異体質だからか知らないが、いくら何でも効くの早、と思ったのは賢明にも飲み込んで、ともあれたった一人のパートナー。良くなってくれたことにはほっと安堵の息をついた。
そうして、上質な素材の、肌触りのいいジャージに身を包んだ志貴を柚香は見上げた。
普段通りの格好だが彼なりにこだわりがあるらしく、日々身につけるものは選び抜かれていて、今日は知る人ぞ知る機能性抜群なランニング用サングラスも装備している。曰く。

「近所で早朝ランニングをしている男の設定でな」
「あ、そうなの…」
「山の中すっかりご老人と話が盛り上がってしまったが。聞いたところ、この先を抜けると宿があるらしい」
「…盛り上がったの?」
「何か問題でも?」
「え、いや別に…」

ぎこちなく視線を逸らす柚香の、負傷した腕をとった志貴は、慣れた手付きで傷の具合を確認しながら。
少し休んだらそこに向かおうとか、足がつかぬよう長居はしないこととか今後の予定とか、至って建設的な会話の後にふと、言った。

「それからランニングの最中、アリスを使ってちょっと本州を抜けてきたんだが」

真面目な口調で切り出されたから。その様子に柚香も何かあったのかと真剣に問うて。

「いや。何となく、遠い所に行ってみたくなったものでな」
「――て、ちょっ、そんな理由でなにテレポート石のムダ使いしてんのよ!」
「と、いうのは冗談で。資金が底を尽きそうだったからな。追手を混乱させがてら調達をしてきた」

ちなみにお土産だ、と言われて見ればその手にはオレンジによく熟れたマンゴー。
南か、南の方に行ったのか…。

いよいよ本気で突っ込んでしまった自分に恥じ入りつつ、一体どこの県まで行ってきたのか突っ込みたいような突っ込みたくないような微妙な気持ちに苛まれている柚香を他所に、志貴は一人どこか満ち足りた表情を浮かべた。

「君の突っ込みはいつもキレがあるな」
「…いや、悪気はなかったんだけど…、お金のこととか追手のこととか何かごめん…」


そうこうしているうちにも、手際よく火にかけられた飯ごうから、艶を帯びたほくほくの白米がよそわれ、野菜たっぷりのスープが注がれて、ほんわりと白い湯気が立ち上る。
付け添えに保存の効くおかずが少しずつ並んで、極めつけはマンゴー。志貴の手で鮮やかにカッティングされて、柚香の目の前にそっと差し出された。
サバイバル中とは思えない豪勢さだが突っ込まない。決して何も突っ込まない。
育ちの良さをいい意味で裏切るその手際の良さには当初、只管目を見張るものがあったが。今となっては当たり前の表情で柚香は箸を手に取った。
むしろポーカーフェイスを保つことこそが正義だと思っている。いっそ彼が甲斐甲斐しく調理などしている時に、横から手を出したり気にかけたら負けだ。
志貴と合流したばかりの頃、まだ互いの役割分担も判然としていない時分に、柚香が調理で手を切り僅かな火傷をしようものなら、志貴は全てを投げ打っても全力で柚香の治癒にあたるのだ。
その時の志貴の、鬼気とも喜々とも取れる湧き上がるオーラに、柚香は本能的に、「好きにやらせといた方がいい」と嗅ぎ取った。以来、このスタンスを貫いている。

黙々と食べている柚香の姿を、子犬か子猫を見守るように柔らかく目を細めてじっと見つめ続ける志貴に、気づいているのかいないのか、慣れなのか鈍いのか肝が太いのか、とにかく全く動じず、柚香はマンゴーまで食べきった。
間違っても「志貴は食べないの?」などと野暮なことを聞かないのは同じ理由だ。既に愚問と悟っているので。

そして食器や焚き火跡など、ここは手際よく一緒に片付けて、暗黙の了解のように、互いに出立の為の身辺整理を始める。
柚香はもはや無意識の癖のように、真っ先にジャケットの内ポケットを探った。
そして必ず手に触れるはずの、小さな布袋が無い事に気づいて。
すっと血の気が引く思いで、慌てて他のポケット、荷物、そして周辺を探って見渡して、巡らせた視線の先に、川っぺりに立っている志貴の手にそれが握られているのを見た。

「ちょっと待ったああ!」

ここ最近で一番の声を張って、投球フォームに入ってる志貴を本気で止めにかかる。

「ちょ、それ、なに投げようとしてんの!」

対照的にごく自然な表情で振り返った志貴は、ああこれか、と返す。

「肩の治り具合をみるのにちょうどいい物があった、と思って」
「全然ちょーどよくないから!!」

電光石火で志貴の横にテレポートすると、引ったくるように奪い取る。
志貴はあっさり布袋を手放すと感心したような表情をみせた。

「見事だ」
「見事だ、じゃないわよ!」
「そう怒るな。冗談だ」

その割に、柚香が気付かなければ本気でぶん投げようとしていたことは勿論言わない。
隣で、肩で荒く息をつきながら、慎重な手つきで小袋をしまう柚香の姿を静かに見守る。
その中に入ってるモノが何なのかは、聞くまでもなくわかっている。

ーー学園で過ごしていた頃、犬のように柚香に付きまとっていた後輩の恋情の塊。

ごくたまに、柚香が独り密かに、思い煩うように、布袋を眺めていることも知っていた。
そこにある感情が、罪悪感だろうが何だろうが関係ない。
そんなものを肌身はなさず身につけていること自体、志貴にしてみれば忌々しい。

頼まれてもいないが足元の砂利で柚香が転んだりしないように、手を取って先導して歩く。
当然そんなもので転ぶはずもない柚香は、すかさず手を引っ込めようとしたが、力を込めてその手を決して離さない。やがては諦観したように付き従うぬくもりが愛おしかった。

彼女を傷付けるものも、行く道を阻むものも思い煩わせるものも不要だ。この世界から消え失せればいい。
危険があれば先回りで葬り去ろう。
そうやって、柔く柔く、甘やかに、彼女の頭の先から足の先までくるみこんでしまいたい。
真綿でじわじわ締め付けるように、
己の世界に閉じ込めてしまいたい。


ほどなくして、柚香は意志の強い瞳で志貴を見つめた。
一片の迷いもなく、志貴はこの眼差しの側に居続ける覚悟だ。

小さく頷いたのが合図で、次の目的地へ向けて、2人の姿は跡形もなく掻き消えた。

後には、はなから何も無かったかのような静けさと、物言わぬ木々だけが残った。









これまだ連載中に書いてたネタなんで、設定が原作とかみ合ってなかったり
任務中とか逃走中の2人ってどんなん、ていう妄想たのちい〜
天然KYで柚香を過保護に甘やかすのに命掛けてて、いっそヤンデレに片足突っ込んでる、みたいな。
しっきーがハンサム発揮するまでは、ずっとしっきーはこんなイメージだったんですよおおお
実際のしっきーはほんとハンサムすぎて、なんでママはしっきーに落ちなかったのかほんとにわからない(二度目)笑