じめついた夜が深みを帯びる。建物の影も木々も人の輪郭さえも滲んで溶けそうに停滞する時間。
狙いすましたように暗躍するのはきっとこの先も尽き去ることはないだろう、陰、陰、陰。
人の業はなくならないから哀しいけれど、今日もどこかで生まれた闇は身を潜めて自分たちの出番を待つのだ。
夜はただそこに在ってもはや、染み付く自分とは切り離せない世界でもある。特に、
ここはそういう世界であってわかっていてここへ来たから、いつか、這いつくばって散るも散らすもこの舞台 なんだろうと思う、そういう覚悟で、いつだっている。


仕事終わりの倦んだ感傷。おそらくは疲れているせいの一言ですませば、それだけだったが。普段 そんなものに引き回される澪じゃないから、どうしたものかとちょっとばかり持て余した。
対照的に軽快に隣を歩くのは、いつからか信じられないくらいのお調子者に大変身を遂げた、自称プラチナ もとい白金。まあどっちだっていいんだけれど。
とかほんとにどーでもいいことのように以前澪が言えば酷っ、だとかヒーローは名前大事、だとか騒がれた 気がするけれど既に忘れ去った。
ていうかよく考えてみなくてもヒーローって何だヒーローって。
一応、本人が聞けば図に乗ることこの上ないので絶対言ってやらないが、それこそ文武両道っていえる、実は努力 家であって社会人なんてものも経験して誰より、大人びた顔をしてみせるこの一見非の打ち所のなさそうな男は成長過程の どこかが著しくおかしかったのかもしれない。夢見る少年の空言のようにヒーロー連発をする姿は、ちょっとした 少年ぽさが微笑ましい、レベルを通り越して何だか妙に心配なような気すら急激にしてきた。


「おまえ、大丈夫か?」
「今日の敵は大したことなかったからね☆勿論」
「……あ、まあ、そうだな」
「でもオレは仕事とはいえ、こうやって澪ちゃんと二人きりで嬉しい限り──」
「実際二人で行くことなかったな。無駄足だった」
「えっ、てか今の台詞の途中でそれ言っちゃう?!さすが澪ちゃんだけど、こたえるんだけど!」
「何をよたよた歩いてるんだよ白金、どっか悪いのか」
「いやそーじゃなくて、」


はじめから実は会話が全然かみ合ってない事実はこの際見ないことにして。否定しかかった白金は何を思い直した か、そうだな〜澪ちゃんのデッカイ胸で休ませてくれたら元気になるかも、と飄々と抜かした。
刹那に容赦ない肘が鳩尾にきれいに決まって、ようやっと話が通じ合った事実を前にし白金は崩れ落ちる。
のを全く顧みもせずにすたすたと放置して歩を進める澪は専らキレぎみだ。


なんてゆーかセクハラがむかつくのは言うまでもないが白金のそれは、時に妙にあいつを思い起こさせるから 二重の意味で腹立たしいのだ。そして不覚に苦しい、繕い様もない。
ていうか思えばあいつもそうだったし。白金にしろうちの師匠にしろ自分の周りはやけに、スケベな人種で溢れてないか と今になって新たに気づいて何だか愕然とした──して、問題がずれていることに気付いてちょっとばからしくなる。




澪ちゃんは守りを頼むねと、確かにそれが水の特性だけれどさっさと自分の前を歩いて、指一本出す間もなく今日出た 陰魄をあっさり白金は殲滅してしまった。
別に何てこともない話だ。けれど、それが続けばさすがに気づくのだ。
そんなふうにして自分を背後に追いやって、まるで庇うみたいにする背中はいつかの記憶と矢鱈に重なったから、言葉にできない ジレンマが全身を駆けて糾弾する。
昔から守られるお姫様役は本当は嫌だった。いつだって、庇われる無力さに空を掻く思いをして強くなりたくて、どうしよう もなく強くなりたくて吐くほど修行を積んで。
やっとこれならと、あの人と肩を並べられるし護れると思った時には、その相手はもう居なくなっていた───彼は、 どこにも居ない。
ずっと求めてやまない場所だったのに。
自分の前に立つ大きな背中のその隣に立つ術を、
失ったから、どうしようもなくて意地でも死にそうになっても何が何だって、最期の瞬間まで戦い抜いてやるんだと。
だから、潰れそうなくらいやっとの思いで、そう、
澪は決意したのだ。
やっとのことで決めたのに。


どうして今、隣を歩いてるこいつが、
かつてあいつが立っていたその場所を奪っていこうとするのか。


それこそその姿があいつを思い出させるんだと、本人は知っちゃいないんだろう。白金に悪気がないのも悪くないのも 勿論わかっているから、叫べない思いは胸に鈍く逆巻いてきつい、弱った。

私が望んでるのはそんなことじゃあないんだぞバカ。

でもそれを言ってしまったら、まるでつきつめてしまえば忘れさせてくれと言ってるみたいで、しかもこのバカならいちいち そう解釈しそうでまさか言えない──言えない。









自分の思考に気を取られていたから、無意識に歩みを止めたことにも澪は気付かずに、当然一緒に足を止めた白金がどったの、 澪ちゃん、と覗き込んだ。
ぼんやりと這うように持ち上げられた視線で、かち合う、寸前にある一点を捉えて、何だおまえ、と澪は言った。


「腕、切ってんじゃないか」
「ん?気づかなかった、あースーツが」
「心配はスーツか」


ていうかバカか、というにべない視線でするりと、腰の短刀を引き抜く。
一瞬、月の光を浴びて静かに光る刀身。
たとえばよく切れるこのナイフみたいに、単に傷付けてみせたってそれさえこの男は許容しそうで、なんだかそう思わせることは わからないけれどやけに腹が立った。

だから次の瞬間ためらいもせず、澪は傷を抉るみたいに本当に刀をぶっ刺してやった、だがそれで別に動じもしないのは、
それが行き過ぎてるけど、よく利く針治療みたいなもんだと白金がよく理解してるのは今更言うまでもない。
ていうか逆に舐めて治せくらいのことを彼女なら言いそうだったから、そうじゃない予想外の治療行為に白金は驚いてまじまじ 澪を見た。
見れば何か澪の方も、挑発的っていうかいっそ誘ってるとしか思えないくらいじっとこちらを見上げてきてて可愛いなあ、 と場違いにそして煩悩に正直に思う。


「いいか」
「?」
「これでチャラだからな」


さすがに理解が追いつかなくって一瞬目を張って。でも何となく彼女が言わんといてることは、わかったような気がしたから 正直そーゆー意地らしいとこも可愛いんだけども。
ただありがとうと、白金は不意打ちにも、風のような柔らかさで笑んだ。
そのせいかは知らないが、これっきりだからなと。
絶対嘘だと思ったけど、そう言い放った澪は身を翻してさっさと歩き出して。
どう見たって照れ隠しにしか見えないその反応に、思わず笑いそうになるのを、
後を追いながら白金はバレないように一先ず懸命に押し込めた。





















自分でも何がかきたかったのかさっぱりポカーンです
愛空まわった!(いつもじゃん)