屋上の入り口の屋根部分、突き出した一段と高い場所に寝そべっていた鳴海は、ぼんやりとよく晴れた空を見ていた。
当たり前のように授業はふけてあくびを一つかます。
岬に見つかったら確実に何か言われるだろうが、まあどうでもよくて。あの理解不能な責任感から、自分を探しているかもしれないが そんな岬をからかうのも少し飽きた。
子犬みたく纏わりつくレオをあしらうのも、いけ好かない奴らに悪さするのも飽きた。因みにキレイなおねーさん達と遊ぶのにも飽きた。

自分を取り囲む世界は、実に詰まらずぼんやりしている。
ほどよく雲の形に切り抜かれた、眼前の青もまるで平和そのもので、空までもがぼんやりして見えた。

退屈でこのまま化石になれるかもしれない。
チープな発想に笑いもでない。
シャカシャカと、イヤホンから流れ込んでくる音楽だけが今の鳴海の世界を模って。
ふいにそこへ、もう一つ。外から別の雑音が聞こえてきたのに気が付いたから、
何とはなしに半身を起して、鳴海は片方のイヤホンを引き抜いた。


音は、下の方からで、女の声らしかった。
見やれば4人ほど居て、一人は屋上のフェンスを背に、それをぐるりと取り囲むように3人の女生徒の姿。
──これ、どこぞの漫画的シチュエーションだよ。
3対1のこの状況は、どう見ても、もう。
というか、なんか今時こういうイジメは、どこぞかの昼ドラくらいのもんだろうと思うのだが。
得てして目の前で、現実に展開されているその、いじめられている少女の前に、
たまたま居合わせた少年が颯爽と飛び込んでいって行われる救出劇。そして屋上からはじまるラブストーリー。

当然ながら鳴海はこの展開を、鼻で笑って、残念ながら少女漫画は始まらなかった。
居合わせたのが岬ならば有り得たかもしれないけれど。
アリスを使えば一瞬で解決できるが生憎とそんなお人好しでもないので、暇つぶしに横目に見る程度で。



何となく見たことがあるような無いような、その女生徒たちの喚く姿を見下ろしていて、
ふと囲まれている一人の顔に目がいった。
あれは確か、盗みの能力者の何某とかいう女子だったはずだ。
名前が出てこない程度に正直、興味もなかったが、成る程キラワレルくちのアリス。
それで一気に状況だけは読めた。


不意に囲まれていた女生徒が動いて、目の前の女子に体当たりをかます。
ドミノ式に2人の女子が突き飛ばされて、
全員が呆気に取られている隙に3人目へ力任せに掴みかかり、勢いのまま自身もろとも転倒。
だが転倒の痛みに怯みもせず馬乗りになって優勢を確保すると、
3人に対して何事か啖呵を切ったのがわかった。


…女ってこえー…


窮鼠猫を咬む、とはこのことか。
それにしては手慣れて見えた身のこなし。
驚いて去って行く3人よりも、ぐいと掠った口元を拭って凛と立っている彼女に、唐突に鳴海は興味が湧いた。

軽い動作で飛び降りた鳴海はだから、
そのまま何を思ったか、気楽な足取りで彼女にまっすぐに歩み寄った。


「あんたすごいじゃん。女子プロもびっくり?」
「──誰よ?」

ぴりぴりと警戒心を纏ったまま振り向いた彼女に、
さすがに鳴海も睨みつけられた。
大きな目をしている。
が、つい今しがた3人を退した実力、睨まれるとなかなかに迫力がある。


「俺は、あんたのこと知ってるよ。キラワレモノの盗っ人さん」
「…ケンカ売ってるわけ?」
「いや俺、別に女相手に力づくっていう趣味ないし。あ、あと水玉のパンツにも興味ないからね」
「──!」

付け加えた一言に、さすがに絶句するその人を見て、面白がっているのも束の間。
唐突に彼女の方から二人の距離を詰められて、
近すぎるくらい近くまで寄って驚く間もなく、襟元をぐいっと掴まれて。
そういえば前にこんな過激な口説かれ方したなー、と呑気にも思い出したが、
そんな甘い反芻などすぐに打ち消すかのように、彼女は言った。


「黙んないと盗るわよ」


可愛くも凄みのある声。
対峙する瞳は揺らがす本気そのもので。

──さすがの鳴海もこれには負けた。
よくわからないけれど、参ってしまった。











一人残されたあとも鳴海は暫し佇んでいて、考える。
あのかち合ったあの時のあの目を、どこかで知っている、気がした。
だからだろうか。
あっさり降伏した自分に全く気が咎めないのも。
何故かそれをゆるせてしまえたあの相手も。
可愛い顔をして凄みのある姿はひどくアンバランスで、それが不思議と魅力的だったと感じたことには無自覚でいて、
ただただ、今までになかったことだから、妙に胸の辺りがざわついてしまって、参る。

対峙した大きな瞳が、ふと脳裏に浮かんだ。

まるで自分以外の、周りの世界全てを敵と見なして戦っているような、あの目は。

──そうか。

信じられないが、自分の目と、よく似ているのだ。



「安積柚香、だ」


思い出して、わざわざ響きを確かめるようにぽつりと口に出してみて、
掴まれた襟に無意識に触れた。
大きくて強く揺らがない瞳、小柄で潔い立ち姿、数言しか交わしていないのに、妙にそのシルエットが網膜に焼き付いてしまって離れない。
そもそも、こんな強烈な出会い方をした験しは、流石の鳴海でも未だ嘗てなかったことだ。







相変わらず晴れて穏やかな空は、くっきりと青く映えて、風を運んでいた。
そのやわらかな風に吹かれてしばらく立ち尽くしていた鳴海だったが、
ふいにもう。急に腹の底から湧きあがるように、
どうしようもなく居ても立ってもいられないくらいの可笑さが込み上げてきて。


「何だあれ。おっかねー」


くすぐったくてこらえきれないように、腹を押さえて屈んで、兎に角ひたすら可笑しくて。
鳴海はひとしきりの間、只々一人、笑い続けた。












驚くほどママが可愛くないですね…
ナル柚香の出会いはまじアグレッシブだったに違いない!とかつて思って漫画にしよう として挫折したネタの再編
そのうえ実際の出会いはアグレッシブどころかとんだ杏樹だったんですけどね!