「女ってのは、よくわからない」




唐突にそう、鳴海の部屋を訪れた岬がこぼしたもんだから、退屈げに雑誌を捲くっていた鳴海はふいと顔を上げた。
そうして何も聞く前から、ああなるほどと勝手に思う。普段鳴海が岬の部屋を訪ねることはあっても岬が鳴海の部屋
に来ることは実際多くないので。何でもない平時にはそれこそ何を心配しているのか、
しょっちゅう声を掛けてくるくせに一日が終わって銘々が部屋に引き上げるとなると、プライバシー意識のつもりなんだ
か知らないが途端訪ねて来なくなる、
その律儀さはある意味岬らしいなあと思ったりするわけだけれど。
常じゃない岬にだから、鳴海は半分冷やかすような調子で返答の言葉を投げた。

「訪ねてきて急に何。悩める岬クン?」
「…いや別に、何ってわけじゃないんだけどな」

ちょっと渋ったようにそう答えたのは鳴海の口調に圧されたからとかいうわけじゃなくて、
本当に言った通りに何っていうわけでもなかったからだ。漠然と返答を求めていたわけでもないし、ただ無意識に聞
き手は求めていたのかもしれないが。岬にとってこぼした一言に深い意図はなかった。 いや、勿論本心ではあること
に違いないんだけれど。

「何でもなくて出る台詞じゃないっしょ。なに、ボクにそーだんしてみなよ」
「ロクなことにならないのが目に見えるから遠慮する」
「じゃーやっぱり悩んでんじゃん。レンアイ?青春だなー。まさか失恋でもしちゃった?」

鳴海のどこかいつも冷やかすような口調は昔からなのでとっくに慣れて腹立ちもしない。
ただこの口調が、一時期もっと、変な言い方だが人間らしい適度な体温を持った時は確かにあったことを岬はよく知
っていた──でも鳴海はそれを失くしたのだ。
詳しい経緯なんて知らないし何があったかも知らないが、ただ失ったとだけ。


岬が思わず閉口したのは、
そんなことじゃなく鳴海の言葉が当たらずとも遠からずだったせいである。




親しくしていると思っていた子が居た。それなのに急に身を翻された。しかも憤怒されるとゆーオプション付きで。
岬にしてみれば大事に、それこそ大切に関係を扱ってきたつもりで、ある程度期待だって抱いて未来図を描いていた
からショックで。もっともそれ以上に理解できない驚きが勝ってこうしてここに居るわけだ。
ただそれを口にするのも何だかという気がするのですっきり食い潰せない鉛みたいなもんを手に余しながら気は紛ら
わしたい気がする。
そんな岬の気配をオーラで気取ったか鳴海は唐突に意地悪く鼻を鳴らした。

「てゆーかあれだよね、岬ちゃんて女のコにだんだん何考えてんだかわかんないとか言われそーなタイプ」
「──なっ急にっ、」
「あとは私と植物は同列なのとか、どっちのが大事なわけーとか」
「それとも優しすぎるところがヤダだとかー、」
「もういいとか言われて向こう怒っても後追っかあけてあげなかったりとかー、」

「……つーか何が言いたいんだよナル」

さすがな岬も鳴海のつらつら羅列される台詞に腹立ってじとりと睨む、その行動全てが何より図星つかれたと言って
ることには気づいてるんだろーかとか思いながら鳴海は悪気もない顔で岬を正面からけろりと見つめ返すから、
そこでああこいつはこーゆーヤツだったよと岬は何だか諦観した。
晴れないこの気分を紛らわしたかったんならば、それこそ校内の菜園に行ってくるとか、もっと別の友人の所に行くと
かすれば良かったのだ、という自分の選択ミスに今更気づいても遅かったけれど。

「つーか隣のクラスのあのちっさい女子っしょ?可愛っちゃ可愛いけどフツーだし他に、どこにでも居そうじゃん」
「っあのなあっ」

それが鳴海流のなぐさめだったのかは知れないがともかく岬は少し苛立ったような顔をした。
だいたい何でそんなことまで知ってるんだよと、言うなればそれは鳴海が単に別に情報通なわけじゃなく、噂好きなあ
らゆる女子らが勝手に教えてくれるからなんだけれども。
苛立ちをどうにか飼いならそうとするみたいに一つ息をついた岬は、それでも押さえ込めないみたいな生真面目な顔
でそもそも、と言った。


「お前とデキてるんじゃないかとか言われたんだぞ」
「───はっ?」



こればっかりはさすがの鳴海もぽかんと、呆気に取られた表情をして暫し岬のことを見た。
それからこらえきれずぶっと噴出した。


「すごいなあその子、すごい洞察」
「─感心するとこかよ」
「でもさ、それってほんとのことだし?」


ふいにしなやかな動作で岬の居るソファーに寄った鳴海はまるで、猫みたいな気まぐれさで高慢に笑む、
急な変換についていけずただ、その妖美さに不覚にも岬はくらりとした。
背もたれに両腕をつかれて見下ろされて、だがそうされるまでもなく、目が離せなくなっている自分に気づいて岬は
ちょっと待てと慌てる。


「おい…ほんとって──」
「癒したげるよ、岬ちゃんの傷心。キミがボクにしてくれたみたいに」
「なっ──」
「びっくり?はじめてでもないのに今更?だって、俺んとこ来たってのはよーするにそういうことっしょ」






さらりと岬の頬をなでた鳴海の淡い髪の柔らかい感触、
が残ってぞくりと粟立つ背を感じて、
透けるような男とも思えないような白い肌が一杯に映って、抗えない、
──ただそうとだけ知る。







腕の下で晒される雪のような素肌に頬にきれいに熱を帯びた朱が差す、こうする度に鳴海の様は
まるで女みたいだと岬は思った。
翠色の目もたまに咬みつく気紛れな猫みたいな様も、
しなやかな身体もまるで。
そうやって熱に浮かされた状態で頭の中の冷静な一部が何やってんだと思う。
こいつとこんなコトをして俺は何やってんだと。
男同士だぞとも。
実際一度や二度じゃなかったのだ、それなのに。
やめようと思って抗おうと思って、そのくせ岬は鳴海の伸ばされる手を振り解くことができない。




(マルデ女ミタイナ)

(コイツガ女ダッタラ)



















自室に戻った岬は、勢い良くひねったシャワーの湯を思い切り頭から浴びた。
体を伝い落ちて排水溝にのまれていく湯水のように流し落とせたらどんなにいいかと漠然と考える、意識もなく
反芻するのは女心なんて俺もわかんないよと、よっぽど心得てるくせにそう言った鳴海の、それはただ一人の、
今はもう学園に居ない例外の彼女を指していたんだとはわかったが。

別に大したことでもないっしょと一線を越えたコトに関してあっさりしてるのもまた鳴海で、
ああでもまさかここまでの関係だって知ったらさすがに卒倒するかなあ、例の子は、
とどこか不敵に面白がるように言ってみせたことに岬はまた何だか苛ついた。

傷心だと言われて、岬は初めて気づいたのだ。

──俺は本当に傷ついてたか?

そのふいな自分の問いに衝撃を受ける、でもよく考えて、確かにショックは受けてたと何度も言い聞かせるように繰り返
した、繰り返して。繰り返すって何でだよ。
鳴海の言った通り本当にごく普通の笑うと可愛い女の子で、でもちゃんと惹かれていた、何となく好きだなあと、そう、
思っていたんならもっと、我を忘れるくらい我武者羅になれば良かったんだろうか?もう遅いとわかった後になって逡巡
する───合間にどうしても拭い去れないみたいに漠然と、





(どうしても落ちない)





鳴海と触れ合っていた感触も声もあの視線も。

落ちない。

どんなに洗っても洗い流しても。

それならば。





──あいつがもし、





(女だったなら)






ふいに形を現した思考に殴られたみたいに岬は愕然とする、今一瞬何を思ったんだ?
だって違うだろうそういう問題じゃないだろう。そうだ、
あいつがあんまりにも普通とかけ離れてるから、己はそんなものは欲してないと示したいのに。
あの人が居なくなってからずっと、鳴海の明るい色の瞳に虚しか映らないから、そんな顔をするから、
いけないのだ放っておけないんじゃないかと、ばかみたいに繰り返した。ばかみたいに繰り返して。
思い出したみたく疲労と倦怠感が押し寄せてきて眠れば一時楽になれるとどこかが囁く、
なのに目は冴えてしまって意とどんどん反してく。
ごぼごぼと音をたてて呑み込まれる流水を見ていた。
そんな風に例え落ちて行くんでも、
どこかに辿り着けるのならいいのに。



──なあ教えてくれよ鳴海。


出口の見えない闇の中に居るように、縋るように、思う。









(俺は……俺たちは、どこに辿り着こうとしているんだ?)





















ナルの襲い受け(笑)
高校生ナルのすれぶりってどんなって思ってたらこんななりました、ていう