オレンジがかって、トレードマークのようだったツインテールもさすがに年齢を
意識してなのかは知らないが肩の下まで下ろされるようになった。
年相応に大人びてはきたが、やはり幼さの残るもはや童顔なのか、
そして小柄な背丈とまっすぐな目はそのままに。
長い髪を柔らかに風に揺らす姿は月日を増すごとにあの人に、
どんどん似てきたとそう思う。
──そんなことは当の本人は知りもしないだろう。
時に思い出したようなタイミングで、せんせ〜と飛びついてくるその子と
自分間のやり取りは今やある種お決まりのようで。見下ろしつつん?
という具合に笑顔で問い返す事も既に一連のパターンの中だ。
そういういつまでたっても失われない少女性はやっぱり蜜柑ちゃんだなあとつくづく思わされたし。
まあ悪い意味でじゃなく子供っぽさがあることに、相変わらずだと思うと、少し安心もする。
ただ。
その半面で、何故なのかどうしても消えない違和感があった。
いつからだろうか、一度覚えてしまった違和感は二度とは拭えず、いやたぶん、
鳴海の中で長い事ずっと育ってきていたものを自覚してしまった時、
顕著になってしまったのであろうけども。
やはり目に見えてわかってしまう、あの人に似てきた姿で、
あの時ではありえなかったようにむしろあの時とは全く逆に、
彼女に飛びつかれるという立ち位置はかなり妙だった。ある意味奇怪だ、
当時にあてはめてみたならばありえなすぎて。
だからこの構図の逆転にこのところ、鳴海はなんだか追いつけなくなることがある。
それでも日々は流れるし、当たり前だが時は刻々と過ぎ去る。
そんな追われるような毎日をやり過ごしていくなかである時、ふと鳴海はあることに思い当たった。
気付けば、ここ最近で蜜柑に飛びつかれることがめっきり少なくなった。
否、なくなった。
それはそれで、どうしたものかと気にならずにはいられず、眉を顰めて
同時にかすめるようななんか懐いてた子犬がどっかに行っちゃたような寂しさ
みたいなものを走るように感じた時、不意に鳴海は呼びとめられた。
「おい、ナル」
とこんな色気も愛想もない呼び方をするのはまぎれもなく一人、旧知な彼しか思い当たらないので。
背後を見遣れば案の定そこには、岬先生の姿があった。
「岬せんせーから個人的に呼び出しするなんて珍しいね。
ひょっとしてそろそろボクに告白したくなっちゃった?」
「なんだそれは、気色悪いこと言うな」
ものすごく嫌そうな顔をしてそう言った岬を見てふざけた鳴海は楽しそうに笑った。昔からこんな些細なやりとりで岬が鳴海の鬱積をすくっている事を、岬自身はおそらく気付いていないだろうけども。
「ナル、ちょっと聞くがおまえ、佐倉になんかしたか?」
「わー岬ちゃん相変わらず直球」
「ちゃん言うな」
いやしてないよ、とそう答えたあとで、あまりにタイムリーな話題
だったため呆気にとられぎみで驚いていた鳴海だが、よくよく考えてみたらしてなくもなかった
かなって密かに物思う。
なんとなく蜜柑には近付きすぎてほしくないと判然とではなくとも
思っていた、それがちょっとした言葉のイントネーションやら滲み出る
雰囲気やらに出てしまっていたんだとしたら、まあ間接的な話だが何もとはつまり言いきれないわけだ。
だが果たして気付くものなのか。
こういう事に関して覆い隠す、もしくは煙に巻くのは得意だと鳴海は自負しているし、
しかも性質の悪い事に結構自他共に認められてる事実ではあった。
「佐倉が急に俺のところに来て、自分がおまえに何か悪い事したんじゃないかとか言ってたぞ」
明らかにおまえの方がなんかやったんだろという目線を横目に岬はくれた。
鳴海は瞬間言葉を無くして目を瞬かせたあと、参ったなという具合にか笑った。
普段はなかなかにぶちんなのに動物並みな嗅覚を持っているらしいところまで、あの人に似ているみたいだなんて。
だからこのところ来なくなったのかと同時に納得もし、
鳴海が自身で張った、自身のための予防線、に敏感にも彼女が勘づいてしまっただろうことにも今更ながら気付く。
──だいたい、その前に予防線って何のことだって思わず自問をしたくなった。
「笑ってないで真面目に聞けよ」
「ボクはいつだって大真面目だよ」
「その発言自体ウソくさい」
「え〜酷いな岬クン、ひょっとしてボクら倦怠期?」
「…アホだろおまえ。ていうか煙に巻こうとするな」
「ン〜そんなことないけど」
「あのな…だいたい、このところ思うんだが。学年が上がるごとに、似てきてるだろう」
主語がなかろうと、誰について言っているのかというのはよく、わかりすぎるくらいわかって。
──おまえまさか。
佐倉と彼女を重ね合わせて見てやしないか。
そうずばりと、他の人なら言いにくいようなことを直球に言ってのける辺り
何だかんだ二人の仲の長さを感じさせた。
つくづく苦労性といえる、それが岬の鳴海に対する優しさの表現だとはわかりながら、
鳴海はかなり真面目ぶって答える。
「まさか」
「──ほんとにか?」
「ありえないでしょ」
ならいいんだけどなと、半信半疑な視線を容赦なくくれる岬に鳴海は肩をすくめる。
「だいたい蜜柑ちゃんをずっと見てきたんだから、あの人と違うなんて事はよくわかってるよ」
どんなに似ている部分があっても血縁でも、所詮は個として別人は別人。
そう確かなことをもっともらしく述べて、そうかと、
半分は安心したようなでもまだ半分は訝るような複雑な面持ちの岬を見て、思わず鳴海は笑った。
「ほんっと心配性なんだから」
「別に、おまえのことを心配するなんて気色悪いことはしないぞ」
「あれれ、そうなの?」
でもだって、そんな妙な顔されてもと言えばジロリと厚かましく睨まれる。
ただ本当に、自分でさえもよくわからないんだ、って。だからこれ以上答えようもないのも本当であったから。
もはや失ったモノは、結局ずっと戻ってくることもなく。
その見込みさえも持てなくて。
だからもう、今となっては、万人が当たり前に持っているはずのものを
持っていないことに対する寂しさにだって慣れてしまった。
少なくとも鳴海自身は、そう思っていた。
──だけれども。
蜜柑ちゃんと、あの人が似ていて非なると思うたびに、抱く軽い失望と、
だが同時にそれを上回る、確かに感じる何かに対する希望のようなもの。
似ていて違うからこそ、あるいは───
この凍てついた深い闇の世界も崩してしまうくらい、眩しくて強い光で、何かが壊されるんじゃないかと。
きっとそれを、どこかで求めている。
それがずっと、たぶん欲しかったのだ。
「…まあ、何だかんだいって蜜柑ちゃんは人気者だしねー」
棗クンとかねー。コアなとこ突くよねー。
だいたい15歳はさすがにお子様だよとどこまで本気なんだかわからない口調で
鳴海が軽口叩けば、意外にも真面目な顔をした岬が、いや女子の15歳は侮れないと、
実感を籠めて言ってくる、それは誰のことですかという突っ込みはここはあえて捨ておく。
…そもそもが、昔のように無闇に無鉄砲な行動はできないと、大人と呼べる歳になって覚えたし。
革新を望みながら、殊自身に関してはどこか保守的にもなって。
恋慕も愛情もわからない状態で、遠ざけたいと思う一方で求めてしまう矛盾。
それが彼女を戸惑わせてるとはわかったけれども。
「やれやれ、大人になるってつまらないもんだね」
苦笑交じりに鳴海は肩を竦めた。
おそらく自分から手を伸ばすことはできないから。
──彼女が自ら、自分の元へ飛び込んできてくれるのを望んでいる。
待っているのだ。
まいらぶvユリしゃんに捧げましたー*