あいつにも弱って仕方ない瞬間があったんだろうかと考えて、思わず考えてしまった自分に苦笑をした。
気付けばいつもうっとうしい位当たり前にそばにいたあいつはもう隣にいない。おさげの情報通という人物は
存在さえ、していなかったのだ。
覚悟はしていた。と言えばかっこがいいけれど、覚悟を決めたのは最後のギリギリでだった。
あの兄貴のことだから俺を駆り立てるための半端ない爆弾を隠しているというのは必然で。ひとつ、
思いつくとしたら該当するのはあいつしかいなかった。自然と側に居た、ある意味で不自然な。
でもものすごく確信していたというわけでもなかったのだ。おそらくそうだろう、
でもそうじゃなければいいな、という理性と感情みたいなものの間をベクトルのように行き来する。
俺はそんなに、決して、強い人間じゃないし。
でもあんたが居なくても生きてはいける、そんなに弱くない、弱くはない。
残ったものは、何もないわけじゃないのだ。暗示じみても繰り返すよ。幸いにも、
救世主だなんて呼ばわってくれる奴らが居るから、俺は生きなくちゃいけない理由があるし。
あいつが本当はどんな人間だったかなんて結局知りやしない。
人を信じさせて欺き最後に身を翻すなんて小悪魔どころじゃない、正真正銘の悪女かもしれない。
でも、自分じゃない何者かに完璧になりすますなんて、実は
それだけで命がけの作業だったんだろう、ってことは思う。
ドラマのように期限と期間があるわけじゃなく、
あるのはたいそう大雑把で不親切なシナリオのみで、
読み上げるべき台詞があるわけでもないのだ。演ずべき日常を、
私と「私」の間を行き来しながら、いつ終止が打たれるのかわからない時を
それこそ自分が何者であるのかさえ昏迷しながら、吐きそうな日はあったはずだ、絶対。
俺が命がけで戦っている時に隣で別の理由でまた命がけだったろうことを、
おくびにも出さなかったあいつはやっぱり強い人間だったのかなと思う。
それでも、ミスの許されない「仕事」をこなすために一生懸命すぎるほど
懸命だったろう姿を思えば、完璧であろうとする脆さは持っていたのかもしれない。
居ない人物に関して、あれこれ考えを巡らしたところで机上の空論の
ように全くバカげていたけれど。でも、プライベートの日常の演技ほど難しいものに
綻びが出ないはずなんてないし、俺は演じられたあいつが全てすべて嘘じゃないと、
思うのだ。そう例えば、女生徒を真面目におさげ頭にしてしまう位の
変な部分での単純さはいつもあった気がするし。
いつか、フランダースの犬を見て泣くあいつの姿を別に気にもとめず横目で見ていた日に。
あの時、飽きずに繰り返し見ている姿に、ああそういう風に
してしか実は泣けないやつなのかと何となく、
靄のような思考で思って。瞬間湯沸かし器のごとく怒ったり
笑ったりするから翻弄されて忘れていたけれど、
きっとそうやって、弱って仕方ない日にはそっと、あまりにそっと泣いてきたんだろうかと。
…あいつが居なくなってからむしろ気付けばあいつの事ばかり考えている我ながら笑える話だ。この先出会うかもわからないのに、
単に忘れてしまおうと割り切ることもできない。
俺はあの時嘘でもいいからあんたを信じていた。
これからも信じているのだ。
本誌76話を見たあと悶えた勢いで書いたやつだけど単行本はページ割り増しになってたためつじつまが合わなくなった(とかゆう言い訳笑)