授業終わりをチャイムが告げた。12時過ぎ加えて余分、待ち望まれた昼休みである。
というわけで飢えた大勢の──主に男子たちの、購買争奪戦線に文字通り蹴り出された香介は、
目的のパンをそつなく手に入れ、少し思案する。
そうして教室には戻らず、ふらりと屋上にやってきた。
皮肉にも。人の波にあってものまれない運動能力は、腐ってもブレードチルドレンというわけだ。
「ほらよ」
「ちょっ──」
2つずれながら放物線を描いたパンの袋を、それでも器用にキャッチした亮子は非難がましく香介を見やった。
「急に投げるこたないだろ」
「でも取れただろ?」
「そういう問題じゃないだろ」
「なあ、おまえさ、」
なに、と不審げな横目の亮子は、何で屋上にいるってわかったんだと香介に聞かれて、
一瞬言葉を失ったあとにがばっと顔を赤くする。
この広すぎる学園でとか。その行間に含まれて匂わされた意味が嫌でもわかったために。
「そんなに俺と離れたくなかったのか」
「ばっ…!香介は人の分も持ち逃げしかねないからだろっ」
「認めるわけだ。実はつけて来てたって」
「カマかけるなんて最悪だな」
「買ってこいっつったのお前だろー」
「気が変ったんだよ」
「なら普通について来りゃいいじゃん?」
「知るかい」
思い切り顔を背けた亮子を見れば、香介は軽く笑う。最もその表情は、仄かな苦笑いにも似ていた。
「別に気ィ張って見張ってなくたって、悪さはしねーよ」
「──そういう事じゃ」
咄嗟に答えた声は、本心だったけれど誤解してほしくないと縋るようでもあり。
でも結局、本当は香介の言う通りで、だからそれ以上何も言えずに言い淀んだ。
責めるなら責めればいい。もうもっとずっと前に、先に責められるようなことをしたのは、
香介の方なのだから。何か言うのならば責め返してやると、内心で亮子は身構えた。
けれどそれさえもわかっているというように、香介は黙ってほんの少し肩をすくめただけだった。
自分で投げかけた割りにこれ以上、この話題の核心に触れたくなくて。
話を打ち切るように香介はパンのビニールを破る。
そのうちふと、香介は言った。
「おまえさ、そんなカツだのチョコのパンなんか食ってたら」
「──ん」
「太って走れなくなるんじゃねーの」
「…なっ!」
絶句した一瞬の沈黙ののち。
ぎゃあぎゃあと掴み掛からんばかりに罵声を浴びせられれば、
さすがの香介も参った悪かったと降参のポーズを作って笑う。
本気にして「香介にやる」と胸元を叩くように渡されたカツパンと、その亮子の表情を
どこか不思議そうに見つめながら、
冗談だからちゃんと食えよ、体が資本だろうと。昔は何を言おうが、アイス取り合ってたのにと、
ほんの少し懐かしむ声音なんか滲まされたら、そんなのズルイ不意打ちだ。
デリカシーの無い香介が悪いのに、立場がなくって亮子は覚束ない心地で立ちつくす。
普段、かっこいいだのハンサム女子だのと言われて、同性からチョコなんか渡されたりして。
どちらかと言えばいつも、亮子は受け止める側なので。
こんな風に香介と対峙して、元凶は香介だけれど喚く自分を受け止める香介を見ていると、
自分の中の女を嫌でも強く自覚させられて、ひどく戸惑った。
そのくせ小さな頃を懐かしむことなんて言われたら、まるでまだ妹扱いをされているようで、
それはそれで面白くない。
「デリカシーの無い香介は、他の生徒に迷惑かけかねないから、私が見ててやらないと全くダメだね」
腹立たしい気持ちが収まらなくって、ぷいとそっぽを向きながら亮子は言う。
その横顔、短い髪を柔らかく撫ぜるように風が吹いていく立ち姿は、事実ぐんと女らしくて、
そんな事などわかっていて、香介は少し目を細めて亮子を見た。
──香介は変わったけれど、本当は亮子だって変わったのだと。
あの時、香介は亮子を置いて、勝手に一人で行ってしまったけれど。
亮子だってもう、お兄ちゃんなんて呼んで後を追いかける幼子じゃなくて、
自分の両足でこうやって立っていられるから。
だから、願うように、思う。
一体いつ、この半身を流れる呪われた血にスイッチが入るのかなんて、誰もわからなくって。
本当はそんな日など永遠に来ないでほしいけれど。
わからないからこそ、傍に居たい。
その日を迎える時には、一番自分が傍にいて。全力で止めるのも自分でありたい──欲を言えば、お互いで。
そのために命を投げ打つことなんて、亮子は何も惜しくないのだ。
それがこの半身を流れる呪われた血の責任を取ることでもあると思っている。
その気持ちを薄々気づいているであろう香介は、そうはさせまいと思っているから、
たいがいの事を笑ってはぐらかすのだが、その態度が時折どうしようもなく亮子を不安にさせる事実。
何か起きる時、自分の目の前からまた消えてしまうのではないかという。
(あんたがいなくなった時私がどんな思いでいたと)
(なにも言わないでいなくなられるのはどうしよううもなく、辛いってことが)
もう勝手に居なくなったりしないでよと、背中越しに力なくつぶやかれた声は、
かき消されることなく香介の耳にも微かな風音のように届いた。
ほんの少しの間を置いて。
俺のことは、亮子が見てないと駄目なんだろ、とからかうような台詞を返してしまって、
はぐらかしてしまう自分は結局その程度だと香介は自嘲する。
傍を離れたいわけじゃない、守りたいのだと。本気で思う、思うのに。
肝心なことほどいつも、伝えることができなくて。
自身の吐くセリフが、我ながらまるで安っぽく響いて聞こえるから、香介は自嘲的に笑いたくなるのだが。
えーと、時間軸的には、こーすけが転校したばっかりの頃で、
血に目覚めつつある(?)こーすけを心配する亮ちゃんみたいな(原作ウロ)
香亮は公式イチャイチャカップルで間違ってないですよね?