プリケリマの憂鬱





「あのさ今井さん」



と声をかけてくるワカメ頭とか、危険能力系は名ばかりのバカとかおそらく 同級生とかそうじゃない顔も知らないような男子とか。
たいてい持ち掛けてくるのはどうでもいいよーな内容の会話で、直後には中身さえも忘れる。
とはいえ何で声をかけてくるんだとか、わからない位どっかの誰かさんみたいに (蜜柑、とは決して言わないけれど)にぶちんではないから、もちろん意図もわかっているけれど、だが。
いちいち呼びとめられてああまたなのと正直思って。
実際うんざりする。
これがパトロンの某社長やら某資産家やら若しくはアラブの石油王なんかだったら、 敬謙かつ敬愛こもった接し方も心得まくっているってもんだけども。
左から右に抜けるようなイカも釣れないよーな味気もない餌でだって。 気を引きたいんならあなたもっとオモシロイもの持ち寄って来てみなサイなんて。 しかしながらここは天賦の才覚大集合のアリス学園でもある。腐った鯛はいらないんだけれど。 もうちょっとちゃんと、将来有望(色々金になりそう)な奴はいないかしら、 そしたら今からツバ付けておくわ――だとかどうとか。
まあ冗談2割本気8割で思いながら、今日も今日とて纏わる輩を追い払って。 そして振り切ってたまに新発明品の実験台にして、なんてして撒いて過ごしてきた。






「今井――」





ふと名前を呼ばれたから、またどっからか五月蝿い輩が沸いて出たのかと思い。
いい加減イラっときて馬鹿ん砲構えくるりと振り仰げば――予想外にも、 そこには見慣れた専門担当教諭の顔がある。

「いま……何ぶっそうなもん構えてるんだ」
「てっきり執拗なストーカーが来たと思って、ぶっ飛ばしてやろうかと」
「ぶっ飛ばすって、あのな」

女の子がそーゆー言葉使うなと、突っ込みどころが微妙かつ細かいのはいかにも彼らしかった。
でどうしてここにと尋ねてくるその人を見遣れば手やら服やら顔とゆーか鼻の頭にも土の跡。
ふと今になって自分の現在地を確認してみれば、彼の人の温室の手前の庭に居る──その事実に、 ほんの少し唖然としかけた理由の追求からは目を逸らした。
そうしてどこか訝しげ、というよりやや警戒して自分を見ている視線には勿論気付いていたから、 何か言われるよりも先にひとつ言い放っておく。

「別に温室荒らしに来たわけじゃないですよ、岬先生」
「ぅ…いや、別にそう思ったわけじゃないが」
「そのうっていうの何ですか、うっていうのは」

人をうちの担任と一緒にしないで下さいとにべなく言って、 つくづく嘘付けない人だなあと呆れぎみというか拍子抜けというか、 そんな心地でそれじゃ、とその場を後にしようとする。しかけて遠慮がちに呼び止められた。
何ですかと返した声は、存外不機嫌そうに響いた。事実やや不機嫌だったのだけれど、 別にしまったとも思わないのはいつもこんな口調のせいでもある。
だというのに、真摯にこちらを覗き込んだ彼の人はやっぱりなと 自己肯定するように勝手に小さく納得した。そしてそっと、本当にそっと。 今井何かあったのか。…聞かれて一瞬面食らって。 ああそうだ、こうして嫌という程気付くのだ、ちょっとイラっとする。 (そして嗅覚の利くこの人はやっぱり教師なんだわと)



「てゆーか、何かなんてしょっちゅーですけど。さっきだって美少女戦士だか クールブルースカイだかスレたセー○ーマーキュリーだか知らないけど、」
「今微妙に他の版権もの入らなかったか…?」
「いちいち細かいですね、だから伏せ字にしたんじゃないですか。 とにかく何かバカっぽい人に付き纏われたし」

てゆーかあの男冷たくあしらう程やたら付き纏うんですよねって ふぅと冷めた溜め息をついていれば、あーあの変態のクラスか、 と呟く声が聞こえてきた気がしたが構わず言葉を続ける。

「やっぱり天才美人は苦労が多いなーっていうか」
「…自分でそれを言うか」

呆れたようにそう言う目の前の人をちらり一瞥して。 だから、これどうしようもないでしょって、心配されても無意味ですからという ニュアンスを如実に言葉を吐けば、今度こそ思った以上に冷たく声が響いて彼が驚いた目をした、のを見た。
それで気付く、ああ今たぶん。(私はこの人の自尊心か何かを傷付けた)でも見ないふりをする。
基本的に変な教師ばっかりがごろごろしてるこの学園で、 やっと普通と言える部類のこの人だから実は色んな生徒から慕われていることは知っていた。 というか知っている。植物にしたって人間にしたって、この人は結局構わずにはいられない人だ。
だから、という訳じゃないでも、
嫌なのだ。理由なんて自分でも知ったこっちゃない。
ただ差し伸べられた手をつかみたくない。つかめない。つかみたくないこの人のは。
さっきだってそうだ。ここに居る事を自覚して唖然としたのはタイミング良くこの人が居たからで── 違う、自身の無意識がここまで足を運ばせたせいだと── 脳内で聞きたくもない声が不意に訴えてきて、急にイライラが高じて喉が潰れそうな 程痛くなった──まさか、嘘でしょう、泣きたいなんて。

きつく眉間に力を込めてただ押し黙っていれば、本当に大丈夫か?と 心配そうに覗き込まれて、その顔には相も変わらず土が付きっぱなしで 先生という人種の威厳もへったくれもないと思う。でもそれを拭うことなんて 自分は死んでもできないししちゃいけない───いったい何のことよ?

「鼻の頭に土つけてる人に心配されたくないです」

そう言って隙を突いて踵を返して、そうだ、鼻に土つけた岬先生の写真なんて 撮ればマニアに売れそうだったじゃない、とか考えを誤魔化して、
走った。

早く早く、

この感情を振り切らなければと。







アリス祭にお邪魔して出品させて頂いたやつでした