2人のスタンス
考えてみれば妙な関係だったと思う。
日常に紛れる他愛ない瞬間もまたは命を張るような緊迫した場面でも。彼と彼女は、お互いに協力をし、ある時は護り合い共に戦い。
そして刹那的でも、確かに誰より互いを必要として生きてきた。
結局のところ彼の非凡な生い立ちに平穏は許されず、だから彼の2人の友人もやはり平凡と遠い位置に立たされることになって。
けれども友人の彼はどこまでも普通の友人として彼を支え。
また友人の彼女は深い知識を求める事で彼の窮地を助けてきた。
そしてその友人の彼女の、殊知識に対する欲求が元より尋常でないなんてことは。はなから周知の事であったけれども、それは年々と凄みと迫力を増し、おそらく予測される無意識のマグル生まれのコンプレックス、というものから。しかし序々に、意味合いは変わってきていたのかもしれないと思えた。
例えば、ずばり言ってしまうならば、「英雄ハリーポッター」の友人であるということ。
既に数奇な運命を歩まざるを得なくなった彼の、彼女は何より隣に立つために、そして立ち続け支えるためにそうしているのではないかと。
まるで誰より彼を追い掛けるみたいにして。
そう見える時は、間違いなくあったのだ。
「で、結局どっちがハーマイオニーと付き合うんだよ?」
「いや、こいつらの場合そんな色気のあるもんじゃないだろ」
かなり唐突に同室であるディーンとシェーマスに言われ、言われたハリーは不意打ちに驚いてから笑った。
後者の意見をハリーも復た掲げて、そんなじゃないよと否定する。
そーいう風には考えた事ないし。いやロンはどうだか知らないけど、とまでは口に出さないでおいたが。
何だよつまんねー、とあっさりすぎる言い様が逆に真実味のある答えに、大仰に息をつく反応をもらってさすがに一つ苦笑いして、でもこのやり取りはこれまでだった。
その後はあっけないほどすぐに、忙殺される日常に呑まれ、そして忘れ去った。
だからこののち不意にハリーが思い出したのは、ひょんな事がきっかけだったか、それとも重要な何かだったか。
とにかく降って湧いたように蘇った記憶だったから、思考もあまりに唐突だった。
今になって思う。
当然彼女のことは好きで、ただ、それはどういう好きなのかともし誰かに問われたならきっと、間違いなく答えに窮したことだろう。
と同時に、彼女を異性として意識したことがあるか、と聞かれたならおそらく……答えはイエスだ。
本当に、ひょんな事でどう関係が転ぶかわからない瞬間は、どこかにあったかもしれないと思えた。
それでも今、二人は、結局「友人」という立ち位置でつながっている。
それどころか、お互い想っている相手がそれぞれにちゃんといた。
そう確かに、想ってる相手が、本当に好きなのは嘘じゃなかった。
「──で、そっちの調子はどう?ハーマイオニー。最近ロンはキーパーの腕が上がってるよ」
「あら、どうって何の話?ハリー。そういえばジニーは最近可愛くなってきたわね」
明らかに含みのある言葉を放ち合って、お互いにだけ通じるようなしかめっ面しいひょいとした笑みでコンタクトを交わす。
暗黙の了解の下のやり取り。は、いつもどこか、不バランスなシーソーの上で距離を計りながらのようだ。まるで踏み込むべきでない領域を知っているみたいに。
「にしても、君はいつでも本読んでるよね」
「まあね、知識は時に力にも勝るのよ」
「ああ確かに。それだけ分厚い本だったら凶器になりそうだね」
あのね、とじっとり睨まれてハリーは、おかしげににまりとした。何かを心得たみたいにハーマイオニーは片眉を上げてしょうがないわねという風に笑う、例えばこれがロン相手だったらば、こうはいかなかっただろうけども。
「確かに鈍器も持ってたら役立つかもしれないわね、これから先」
「──そんなこと言って、君に鈍器は似合わないよ、ハーマイオニー」
少し困ったようにハリーはそう言って、ハーマイオニーを見た。
今度はふいと真面目に物を言う。
「…今ならまだ間に合うよ。ロンも、君も、別に残ったっていいんだ」
…彼女は、そしてロンもハリーの決断に着いて行くとあの時即答したのだ。
もちろん嬉しかったし心強かったし、でも同時に、大事な人たちはせめて、巻き込んで傷付けたくないとも思った。
思い出すのは予言の一件だ。あの時、デス・イーターの呪文にやられたハーマイオニーをこのまま失うのではと思った、あの恐怖は今でも身に刻まれている。そしてその後、あまりに大切な人を次々失った裂かれるような悲痛な念も……
二人がどれだけ重大な決意をしたかというのは、もちろん聞くまでもないんだろう。でも、だからこそ、その言葉を聞けただけでも良かったと思っていた。おそらくその言葉だけで、ハリーはすでに独りじゃなく、そしてこの先、一人で戦っていける。
だがハーマイオニーは咎めるように息をついて、まあたそんな事言ってるの、という目をした。
「いい?ハリー。私もロンも、一緒に行くの。このご時世で、どこに居たって安全じゃないのは、同じ事なのよ」
一言一言、まるで小さな子どもに言い聞かせるみたいにはっきり発音して、だから嫌でも意地でも、噛り付いてでもついてくわよと彼女は朗々と告げた。
だってあなたは時が来れば自ら行く人だと思ってたと。だからはなからそのつもりだったのだ、って、およそこのような内容の事も一緒に。
「だから、ちゃんとここに、一緒に帰ってきましょう」
決然とゆるがない、”帰ってきましょう”、の一言は不意打ちにもずしりと胸に響いた。
ひどく温かくもあり。
だからそのせいで、刹那に駆け抜けたものがある。
その言葉と同じくらい温かいこの場所でいつか、それぞれが、それぞれの大事な人と同じその家族とで、今までにない深い絆を紡ぐ未来が閃くように脳裏に浮かぶ。それはきっと、三人を温かく包むはずで。
唐突に飛躍したような、まるで目映くて儚い夢のようであり、それでもキラリと鋭く瞬く、希望のように眼前を強く貫いて。
確かにハリーは、そういうずっと普通で、あったかいものを無自覚に欲し続けていたし。
それはどこかで、ハーマイオニーも、同じだったのかもしれなくて。
そう強く言い切ってしまう誰より聡明な彼女を眩しいなと思ってハリーは見た。
そう言ったことでハリーの表情が僅かに和らぐのを見たハーマイオニーは、彼女の選択に狂いはなかったって嬉しく…場違いな話ではあるがひどく嬉しく思った。
例えばこの先、彼女がどんなピンチに見舞われても彼は迷わず駆けつけて来ることに違いはないだろう。
そして彼が窮地の時も、彼女は真っ先にまっすぐ駆けつけるのだ。
それゆえに身を寄せ合うことのない距離を。
一番近くて、一番遠い距離を。
それは彼らが、いつか帰る温かい日のために。