君、君。と声がした時それが僕を呼んでいるのだと知って驚いたのです。
なぜならば僕に話し掛けたがる人などいないからで、名前は?と
聞かれてこの時さらに驚いたのをよく、覚えています。返答はためらったけれど、
以前にちゃんとお返事をしなきゃだめだよとこうちょうに言われた事を思い出したので
この人にもちゃんとお返事をしました。
告げた名前は、僕の本当の名前ではなかったけれど。
それ以来この人はそれが僕の本当の名前でもないのにそんな事も気にせずに「芹生くん」
としょっちゅう話かけてくるのです。
とても不思議でした。
だって僕に話し掛けてくれる人というのはこうちょうだけで、こうちょうは
僕とそんなに変わらないくらいの身長だけれどこの人はとても大きくて、オトナなのです。
この人は自分のことは「先生」と呼びなさいと言ったので、僕がその通り先生、と言うと
それはそれはとても嬉しそうにわらいました。
やっぱり不思議でした。
先生はいつお仕事をしているんだろうと思うくらいいつも廊下をふらふら歩き回って
いました。その上前が見えるのかと思うくらい前髪が長くて目が隠れているので、いつも
足がもつれて転ばないのが不思議でした。
いつだったか、アイツの前髪長いのはやらしい証拠なんだよ、ギャルゲーの主人公かよ。
と金髪翠眼の綺麗な顔をした男の子が言っていたのを聞きました。意味の知らない僕には
よくわからなかったけれど、それが先生の事を言っているとすぐにわかったので、
今度こうちょうに聞いてみようと思うのです。(だってこうちょうは物知りだから!)
先生は神出鬼没でした。気が付いたら会う回数が増えていました。
会うといつもとっても嬉しそうでした。そしてそれは僕もでした。
だって先生の、熟れ過ぎたミカンのような髪の色はいつも面白くてしょうがなかったのです!
ふと思い出して、僕はずっと気になっていたことを聞いてみることにしました――ギャルゲーって何ですか?
実は前にこうちょうに聞いてみたけれど、説明の意味がわからなかったので。何だかあれは、
わざとはぐらかされているような気がしました。それどころか、どこでそんな言葉を知ったんだい?
と聞き返されて、その時先生の長い前髪を思い出した僕は何だかいけない事をしているような気になって
しまったのです。
けれども先生は、とってもとっても詳しくて本当に優しく丁寧に教えてくれたので、僕はとても
びっくりしてしまいました。だってこうちょうと同じ位物知りな人がいるなんて思いもしなかったから。
そういえば二人はどこか話し方も似ているような気がしました。他に話した事がある人なんていないけれど
なぜかそんな気がしました。
でも変な話です。だってこうちょうは僕と同じ位だけれど先生はオトナなのに二人が似ているだなんて。
だからこうちょうが変なのか先生が変なのか、色々考えてみたけれどもう僕にはわかりません。
ある日、本を落としたらすかさず先生が拾ってくれました。どこに居たのかわからなかったのに。
先生はいつもみたいな爽やかな笑顔をしていました。
またある日、僕が転びそうになったら、どこにも居なかったはずの先生が抱き留めてくれました。
やっぱり爽やかな笑顔をしていました。
最近、ますます先生と会う回数が増えたなあと思いました。そしてやっぱり、先生は芸能人のような
輝く白い歯で微笑んでいました。
昨日一人でお昼を食べていたら、急に横から現れた先生は、「お弁当がついているよ」と
いって僕のほっぺたにひっ付いていたひじきを唇でちゅっ、と音をたてて取ってくれました。
びっくりしていたらそのまままたちゅっ、とキスされました。
今朝起きたら、先生がとってもいい笑顔で僕の隣に肘付き寝転がっていました。
鍵をかけ忘れたのかと思ったけれど、そんなはずはありません。僕はいつも、寝る前3回は
鍵の確認をしに行くのです。でもやっぱり鍵をかけ忘れたんだろうかと、そのことで僕の頭は
いっぱいになりました。
それから僕は唐突に、あの金髪翠眼の男のコが、あいつ無効化だからって自分が世界一だと思ってやがる、
くそ変態ナルシス野郎、と切れた口端を痛そうな顔で拭って悪態付く姿を思い出し、目の前の先生を見ました。
うまく言えないけれど、ひたひたとしたものが底からはい上がるような気分がしました。
先生はこんな人だったかもしれない(真顔)