3.シュレル






青い空に煙草の煙が吸い込まれてゆのを鳴海は見つめ、 隣にいた岬は煙のにおいに顔をしかめる。基本的に校則違反をしまくるのが 鳴海で規則をきっちり守るのが岬だったが、この時ばかりは岬も、いつものようには文句を何も言わなかった。
それは鳴海の様子が少し変だと、わかっていたからでもある。


「おまえ、あの人と何かあったんだろ」
「はは、かなり単刀直入」
「おまえの場合遠まわしに聞いたら埒が明かないからな」
「よくおわかりで。それって愛?」
ふざけてるなよと、息をつきながら岬が言えば鳴海はいつもより力ない 笑い方をして、それでああかなり参っているんだなと岬はわかった。

鳴海はしばらく紫煙をくゆらせて、飽きずに、かといってうまくもなさそうに、煙草を吸った。
…たぶん昨日、二人の女に振られたんだ、って言葉にしてしまえばこれだけのことだけれど。 そう言われた岬は、何だよそれと、やや呆れたように答える。
「普段の素行が悪いからそういうことになるんだろ」
「そーかも」
「そーかもって、あのな」
「実は、1人には泣かれて急に面倒になったから、終わらせるように仕向けたんだよね」
「ますますもって最悪だな」
岬が思いきりしかめ面をするのを見届けて鳴海は笑う。
でも俺はくわせピエロだったよって、アリス使って操らなかっただけでも 良心的じゃない?と問いかければ岬は当然だろうと怒ってみせた。
「で、もう1人は先輩か?」
「…まあね」




実はあの後、何の因果か彼女に会ったのである。
これは運命かもなんてぬか喜びしたのもつかの間で、 振らせた張らせたの現場を彼女に見られてしまったのだとすぐに知った。
勘の鋭い彼女だから、自分のでたらめさも何もかもを見抜かれて。


そして何やってんのと彼女は怒ったのだ。人の心踏みにじるなよって。 そしてすげなく言われた。あんたはただ人のもんが欲しいだけなのよ、 ただのないものねだりじゃないと。本気がないし、誰でもいいんだなって。
その言いようも反応もあまりにも、どこまでもどこまでもまっすぐで。
彼女の眼差しに苦しくなって、耐えられなくなった。

──でも、それだけなら良かったのだ。
たぶんこれだけの事なら、いつものようにけなされても、今頃はネタにして笑っていられた自信がある。


鳴海は彼女を抱きしめてしまったのだ。
気が付いた時にはもう抱きしめていた。
ふざけて抱き着いた時のように、彼女は振りほどこうとしたが力を込めてそうはさせない。
あっけないほどに彼女を腕の中に閉じ込めることができれば、余計切なくなった。
距離の近さと、心の遠さを実感させられた気がした。
誰でもいいわけじゃないですよと呟いて、動きを止め酔ってるの?と聞いてきた彼女に。
違いますと言いたくて、それでも結局はハイと答えたのは。腕のうちで微かに強張る、彼女の全身が冗談でしょうと訴えているのに気づいてしまったからだ。




「さすがに今度こそダメかも」
先輩との出来事の下りは話さずに、鳴海は急にそう言った。 言いたくないことは決して言わないスタンスを最近岬は了解しつつあったから、突っ込む代わりに尋ねる。
「今度こそって、何回かあるのかよ」
「あるよ、実は2回くらい」
「何があったかは知らないけどよく許されたな」
「ああ見えて優しーからね、先輩」
今までのはまあ、たちの悪いおふざけ程度に言えたとしても、 今回ほどマズイことしちゃったのは始めてなのだ。とは口には出さずに、 新しい煙草に火をつけ苦い煙を肺の中に溜め込んで吐き出す。
岬は妙にイラついた。中途半端な露悪趣味があるくせに鳴海はいつも 肝心なことは言おうとせずにいる。言いたくないのだろうと気づいてはいるが、見ている側は落ち着かなかった。
「あのなあいい加減にしろよ、2回も大丈夫だったんなら3回目もだいじょうぶだろ。 おまえがそんなだと、こっちは調子狂うんだよ」
鳴海は一瞬驚いたように岬を見て、あくまで真顔な岬のそのおかしな激励の方法にくしゃりと笑った。
「もっと叱ってー岬ちゃん」
「気色悪ぃぞ」
「でも実は、先輩に怒られると嬉しくなるんだよね。俺を見てる、と思って」
これって真性マゾ?と茶化す鳴海に対し、おまえの愛情表現は曲がってるんだよと岬は呆れる。





欲しいものが手に入らないあまりの辛さはこれ以上ない位実感してしまったのだ。できればこんな感覚は知らずにいたかったと思ってももうすでに遅い。

思わず泣きてー、と思った鳴海は身近な壁に全身もたれかかり、額に手をやれば、灰がぱらぱらと降ってきた痛さで目がにじんだ。





シュレル=ラテン語か何かで、私を愛してって意味だった気がする(どんだけ適当)