1. 浅いデイドリーム
学園内のだだっ広い図書館に無理矢理ついて行った鳴海は現在柚香と二人きりだった。
実際鳴海のいつもついて回ってることに下心のよーなものがない、わけなく。
今もユカ先輩と二人きりだラッキー、なんて思ってるわけだけれど、
ちょっとでも口に出そうなら文字通り蹴り出されるのは明々白々なので黙ってこの状況を甘受する。
盛大ににこにことしながら。
「先輩」
「……」
「センパーイ」
「……っ」
「ユカせんぱーい」
「だーもう!さっきからうっさいのよ馬鹿ナル!」
反応がもらえただけで条件反射のように嬉しいパブロフの犬のようになりながら、
だって先輩さっきから同じページずっと睨んじゃん?と言えば黙れよと返ってくる。
それを笑って受けた鳴海が、今度はにこにこして柚香をずっとながめていると
再びうっさいわねと睨め付けられた。
「えー先輩の言いつけ通り黙ってたじゃないですかー俺」
「あんたの視線がうるさいのよ」
「だってそう言われても他に見るもんないし」
「何しに来たんだよ」
柚香が素で突っ込むのを聞いて、鈍いなぁと思うのとそれでこそ先輩だと思うのを同時
にしながら、鳴海が次に何て返事をしようかと考えるよりはやく、ナル、と親しげに呼ばれた。別の方向から。
見れば上の学年の、ほんの少し面識のある女生徒が数人立っている。
席を立って、艶っぽく呼ぶから誰かと思いましただとか上辺だけの笑みで
いつものような朗らかなやり取りを。そして、早めにお帰り頂いた。
これでまた二人きりと嬉々として振り返れば、今度は柚香が異様なほどじっと鳴海のことを見ている。
「えっと、先輩なに?」
「あんたってつくづく女にモテるよね」
「わ〜先輩それってやきもち?」
「なわけないでしょーが!」
未だにこういうことに言われ慣れないのか、赤くなる柚香をうっかり
可愛いなあと思ってしまうのを表情にして隠しもしない。え〜今あんなに熱い眼差しで
俺のこと見てたのに、ってにへらと笑うとアホナルと思いっきりけなされた。
「あんたに惚れる奴は趣味おかしーのよ」
「それ酷いな〜」
「ひょっとしてフェロモン振り撒いてるんじゃ」
それはないけど、って否定するかわりに、先輩俺のフェロモンにメロメロにされてみる?
と、実はつね日頃思ってる願望を言ってみればバカじゃないのと冷たく一蹴された。
「ボクのフェロモンいいのに」
「おまえが言うとやらしい」
「そ−ゆーのって、やらしいって思う方がやらしいんすよ」
にやりと、鳴海が笑えば今度こそ柚香は剣幕で鳴海を追い払って、こんな時は
不用意に近付かない方がいいと重々承知済みの鳴海は気楽にその場を離れた。
それも瞬間湯沸かし器みたいに、すぐおさまるものだと経験上よく把握している。
よく把握している辺りで鳴海が普段どれほどちょっかいを出しているかもわかるけども。
先輩ってころころ表情変わるよなって鳴海は考えながら、2,3分もしないうちに戻ると、
柚香は机に突っ伏してすやすや寝息をたてていた。
「うっそ、寝付くの早っ」
「せんぱーい、ユカせんぱーい」
「…熟睡、っつーか爆睡?」
肩を揺らしても起きないその眠りっぷりに、図書館で勉強なんて慣れないことするからっしょ、
と思いながら隣に座り込んだ。隣に男が居ようが昏々と寝続ける姿は、
はっきり言って無防備極まってることこの上ない。
これはこれでまた得したなーと鳴海は柚香の顔をじっと覗き込む。
普段の他をはねつけるようなおっかない雰囲気に殺されて見落としがちだが、
柚香が可愛い事を鳴海は誰より知っていた。
閉じた瞳の長い睫毛とか、ゆるい曲線を描く頬とか唇とか。
あどけない位の表情をたどるように視線で追って。
揺らしても起きないんだし、と思わず、肩まで流れ落ちる淡い色の髪に触れた。
魅了されるように、髪を指の間で梳いて、ふと頬に指先を触れかけた時、
おもむろに柚香が身じろぎをして鳴海は我に返る。
「…先生」
呟かれたのが寝言だというのはすぐにわかった。すぐにわかりすぎて、後悔した。
幸せな夢と現の狭間にいるように呟かれたそれの意味を。
鳴海は気付かないほど鈍くはなかった。